山形・仙台見聞録 2日目にして最終日。

  モーニング越後平野。

 過去の新潟訪問経験が、妙高高原町に5分間というY1は睡眠時間約30分間でほのかに色付きはじめた越後平野の風景に見入っていた。程なくして長岡に到着。長めに停車時間があったのでお目覚めになっていたぶりざーどさんとホームに下りてみる。しかし、新潟。寒すぎる。発車時刻間際に自分の席に戻る。
 再び電車は走り出し、minatchさんとひのはるさんも起きてこられたので客もまばらになったボックスを向きあわせにして控えめにトーク。まだ北斗星さんは夢の中でした。

 少し早すぎたが私は朝食を食べる事にする。長いパンを食べようと袋から取り出していたのだが、その手つきが怪しいとのご指摘をうける。昨日のトイレじゃないけど、やっぱりそういうキャラなのねということを痛感。そうこうしているうちに新潟に到着。やっぱりホームに降りてみる、やっぱり寒い。
 ここで新宿から乗務していた車掌氏が乗務交代になるらしく、交代した車掌氏はなんと越後美人。すかさずメンバーに報告しに行ったのだが、ことのほか上機嫌だったのはひのはるさん。今度はひのはるさんと車掌室まで鑑賞しに(って、こうかくとエロい響きだ)行ってみることに。発車までの一連の動作を見守っていたのでした。
 鑑賞後は再びトーク。新潟でほとんどの乗客が降りてしまったので今度はほぼ全開でトーク。新潟を出てまもなく北斗星さんも起床、私はボックスを明け渡し一人でボックスを占領するという暴挙に出てみる。ま、客も居ないしエエかな? とか思っていたのだが、足を投げ出して隣の席に荷物を散乱させていたところを例の女性車掌に見られてしまうというばつの悪さ。この旅の前途多難さを暗示しているのかと思った。
 終点、村上には高崎の遅れを途中で回復したのか定時に到着したようだ。そこから羽越本線のディーゼルカーに乗り換える。すぐに乗り換えないと席が埋まるとのことだったのでダッシュで席を占領。北斗星さんとminatchさんとボックスを共有、隣のボックスにぶりざーどさんとひのはるさんが陣取り余目までディーゼルカーの走りを堪能。2時間も鈍行に揺られるのはかなり退屈だったのですが…。

  ディーゼル疾走

 羽越本線、実は乗るまでどこ走ってるかも知らなかったりして。いわゆる「日本海縦貫線」を形成する一線である事は判っていたけど…。しかし、ディーゼルカーに揺られていたから判らなかったけど、なんと電化路線だったのね。多分特急用に整備されたんだろうけど。って言うか、普通電車が走っているイメージがつかないのですが…。
 話しを元に戻そう。村上出発後まもなく、かなり気合いの入った車掌氏が検札に1回、そして数取り機(「日本野鳥の会」が紅白歌合戦の時に持ってるようなカチャカチャやるやつ)を手にノリホに書くためだろうか、乗客を数えに知る限りで3回はやってきた。首都圏では見られない光景にちょっと感動。
 新潟県内をディーゼルカーは、昔ながらの漁港を見つつ海沿いを走る。特に、岩にあたる日本海の荒波は「東映のタイトルコール」のようでした。しかし、単調な外の景色にも飽きてしまったのか途中で寝てしまいました。minatchさんも空いているボックスを見つけて文字通り横になっていた。

 スペースの関係上、話しはいきなり山形県内に入るところから始めるが、県境を越えるのに上越線のような物々しさはなく、そして大きな川を渡ることもなく山形に入ってしまったような気がする。気がついたのが小さな駅の駅名表の下に小さく「山形県」と入っているのに気がつき初めて山形に入ったことに気がついたくらいですから。
 列車はさらに進みあつみ温泉、鶴岡と停車していく。そして乗り換えのため余目で下車。2時間を共にしたディーゼルカーとお別れ、と乗ってきたディーゼルカーを見ると秋田支社色やら新潟支社色やら色とりどり、4両全て違う色だったのだ。乗るときに気がついていたら面白かったかもしれないのに(笑)

 余目から陸羽西線のディーゼルカー快速に揺られる。キハ110系列(形式名忘れた)のボックスシートにひのはるさんと座る。前に座っていた少年は「駅すぱあと」検索の印刷を持っていたので、多分はじめての一人旅だったのだろう。それにしても、最上川沿いの風光明媚なところを通って行くのだなと、同時に「海と山、今日はすごいもの見すぎ」とも思ったのも事実。途中から前面展望を全員で見ることに。ここで初めて「警笛鳴らせ」の標識を見たかもしれない。

 途中2駅だけ止まり、新庄に到着。今度は標準軌、奥羽本線の719系に揺られて1時間。新庄駅のJCで買ったおにぎりを食いながら一路山形へ向かった。

  第2の故郷、山形。

 山形には親戚もいるし、何度か来たことがあるから何とかなるだろう、と思っていたのだが、町並みはかなり変わっていた。あ、駅もかなり変わってるよ…。

 到着まもなく、早速「花笠音頭」の収録。ひのはるさん曰く、「スピーカーからオルゴールのBGMが流れてる」とのこと。確かに言われてみれば聞こえる。前に来た時にはどうだっただろうか?
 結果、新幹線ホームで収録したが、どれも余韻切りだった。仙山線のよこいちも多分余韻切りのような…?

 一通り収録できたところで昼食ということに。山形線ホーム上の蕎麦屋に入店。食し終わった後、街中を徘徊することに。
 まず驚いたのが、駅前の「VIVRE」が無くなっていたこと。って言うか、ビルごとなくなってたし。折角
ブードゥー教の呪いの人形買おうと思って楽しみにしていたのに。しょうがないので、「十字屋」で勘弁してやろう。地下の食品街で物資調達した後、駅に戻る。仙山線快速仙山号に揺られて仙台へ。

  杜の都、仙台。

 仙山線の快速仙山も車両は719系。座席配置がかなり変わっている車両で、ドアの間にボックス二つの近郊型基本スタイルではなく、いわゆる集団見合い型シートと言われるやつですね。
 ぶりざーどさん、ひのはるさん、minatchさん、北斗星さんでボックスを陣取り、私は一人で後ろの2人掛けシートを陣取る。って言うか、やはり一人は退屈で、山寺停車までは覚えているが、その後の道中は面白山高原と北仙台ぐらいしか停車したのは覚えていない。仙山線での記憶は、あと東照宮通過〜仙台到着までしか…。

 それでも、寝ぼけ眼で仙台のホームへと降り立ったのでした。早速仙台在来線のメロディーを収録。その後、あおば通りまで1駅・1分の旅を堪能。東北で103系を見るのはかなり違和感があるのですが、その辺のところはご愛嬌ってことで。
 あおば通りでもメロディー収録。その後仙台にまた戻り今度は新幹線ホームへ。結果駅員が喋って大失敗という結果に。後に控える長旅の物資調達を某お店で、家族へのお土産を駅構内の露店で購入。それにしても、
仙台名産。高すぎるぞ<○の月&笹か○ぼこ。

  締めの常磐ロングラン

 16:00発の東北本線仙台シティラビットでぶりざーどさん、ひのはるさん、北斗星さんは仙台を後にされ、残るminatchさんと私は16:15発の常磐線いわき行きに乗り込んだ。ひとまずはボックスを2人で占領してminatchさんは岩沼を出た後、東北線と常磐線が分岐したのを見届けて深い眠りにつかれた。その間私はというと、寝もせずにずーっと車窓を眺めていたのでした。

 途中岩沼からオバさんがボックスに同居したぐらいで、あとはほとんど2人の占有物とかしていた。途中の駅(亘理か浜吉田か山下なんだけど、忘れてしまったわ)で沿線火災がどうたらで抑止。抑止の間に、通過していく(!?)スーパーひたちを見て初めて常磐線に乗っていることを実感する。っていうか、東北のローカル線のにおいがまだ抜けきれていないようだ。多分この辺の住民が取手以南の実状を見たらさぞ驚かれるだろう。
 抑止の間、オバさんが「何で止まってるのかしらね?」と私に聞いてきたのが驚いた。東北は人柄が違うな、やはり。10分ぐらい長めに停車して電車は再び走り出す。途中、燃えたと思われる現場の横を通りかかった時もオバさんは身を乗り出して、「あ、あそこが燃えたのよ」と私に振ってくる。やっぱり東北は違うとかなり実感。

 そのオバさんも途中で降りてしまい再びボックスは2人に。相変わらず寝息を立ててminatchさんは就寝中でした…。

 そう言えば、隣のボックスにいた親子連れは、仙台から某有名ブランドの袋を持って乗りこんできたが、一体どこまで帰るのだろうかと言うことも気になる。後、漢字だらけの新聞を読んでいた青年もY1的にはかなり気になっていた。ま、彼らの素性は後々明かすとしよう。

 で、最初のヤマは原ノ町で訪れる。ここでは5分ほど停車するのだが、先の沿線火災で遅れを取り戻すためか停車時間は2分足らずだった。しかも、発車メロディーは連打していたしね。親子連れは約1時間半かけて仙台までお買い物に行っていたようで。多分買い物しすぎなければ特急にでも乗って帰って来たのだろうな。
 再び暗くなった福島を走り出しいわきに到着。minatchさんを起こして見なれた電車に乗って南下。そうそう、漢字だらけの新聞を読んでいた青年とは再び乗り合わせました。

 途中所々記憶が無くなり、記憶があるのは日立・赤塚と某人物(あえてこう書く)にメールで起こされたことぐらいですかね。流石に455系→415系になると安心もしていたのでしょうな。途中友部でminatchさん離脱、私にはまだ1時間弱の行路が残っていた。

 最後に気がついたのが見覚えのある土浦。ウトウトしつつ次の駅で降りるべくボックスに座っていたが…、危うく乗り過ごすところでした。
 そんなこんなで、無事東北から帰還。次の日学校だったのよ
(笑)

 おまけ:漢字だらけの新聞を読んでいた青年は荒川沖まで降りませんでした。どこまで行ったんや、マジで?

 ぶりざーどさん、北斗星さん、minatchさん、ひのはるさん(順不同)、色々とご迷惑お掛けいたしました+同行させていただきありがとうございました。

 最後に、minatchさん&「ひたち」の牛久さん起こしのメールサンクスでした、起こして頂かなかったら確実に岩沼−上野間常磐線走破してました

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